監修者からのメッセージ
全編
2023年は、「グリーントランスフォーメーション(GX)実現に向けた基本方針」と「今後の原子力政策の方向性と行動指針」の閣議決定、「脱炭素社会の実現に向けた電気供給体制の確立を図るための電気事業法等の一部を改正する法律」(GX脱炭素電源法)の成立と、環境とエネルギーと原子力に関する政策とその実現のための制度と枠組みが定まりました。GXとは、これまでの化石エネルギー中心の産業構造・社会構造を、CO2を排出しないクリーンエネルギー中心に転換することです。それによって、脱炭素社会の実現とエネルギーの安定供給を両立させ、日本経済をふたたび成長軌道に乗せることを目指しています。その背景として、今日の「足元のエネルギー危機の克服」と「エネルギー政策の遅滞解消」が日本にとって最重要課題という認識が岸田総理から示されました。
GX実現には日本のエネルギーの安定供給の再構築が前提となります。エネルギーの安定供給、経済効率性、環境への適合性の、いわゆる3Eの特性をバランスよく備える原子力エネルギーは、再生可能エネルギーとともにGXに不可欠な脱炭素エネルギーです。原子力エネルギーの価値を実現するために、GX基本方針と今後10年を見据えたロードマップにおいて四つの方針が示されました。まず、既設炉の再稼働です。次に、運転期間延長など既設炉の最大限活用、これによって、エネルギー供給に十分な貢献ができていない軽水炉をGX実現のためにしっかりと役立てます。さらに中長期的な観点から、次世代革新炉の開発と建設の方針が示されました。将来の持続的なエネルギー安定供給を担う高速炉や熱利用が可能な高温ガス炉などの開発・建設に取り組むことになります。四つ目の重要政策は、使用済燃料の中間貯蔵と再処理、軽水炉の廃止措置、高レベル放射性廃棄物の最終処分の実現に向けた取組みの強化です。核燃料サイクルを完成させるバックエンド事業は原子力の持続的活用にとってきわめて重要な技術開発なのです。これら四つの政策によって、原子力の開発利用の全体像と将来像が描かれました。
2023年12月にアラブ首長国連邦で開催された国連気候変動枠組条約第28回締約国会議(COP28)にて、世界の原子力発電量を2050年に2020年比で3倍に増やすという有志国宣言が12月2日に公表されました。この宣言には日本を含む23か国が賛同しています。脱炭素とエネルギー安全保障の観点から、世界の持続的成長を支える原子力の価値が世界各国で認識されていることを示しています。
原子力総合パンフレット2023年度版は、このような原子力の価値についての理解を踏まえて、国内外のエネルギー情勢と政策、原子力の技術と発電、放射線防護、安全確保対策や原子力防災、福島第一原子力発電所事故の教訓と廃炉に向けての取り組みについての記載も拡充させました。将来のGX実現に向けた原子力の貢献とイノベーションについての説明も充実させています。
いよいよエネルギー経済安全保障とカーボンニュートラルを両立させるチャレンジが始まります。安全を最優先に安全神話からの脱却を不断に問い続けることが何をおいても原子力利用の前提でなければなりません。原子力の価値や安全への取り組みとリスクなどを、立地地域の皆様や国民各層の方々に知っていただくために、本WEBサイトは役立つものと確信しています。専門的な内容を解説するためにワンポイント情報や多くの図表を挿入し、わかりやすくお読みいただけるような工夫をいたしました。全編の監修者として、原子力総合パンフレットが原子力の理解活動に役立つことを期待いたします。
山口 彰
公益財団法人 原子力安全研究協会 理事
1章「日本のエネルギー事情と原子力政策」
世界は今、深刻化する分断と激化する国家間競争のなかで、エネルギー安全保障強化と脱炭素化の両立を目指すエネルギー転換の過程にあります。その際、経済・社会の安定のため、二大課題の両立を目指すエネルギー転換によって発生しうるエネルギーコスト・価格の上昇を最小化する必要があります。そのためには利用可能なすべてのオプションを活用し、国情やエネルギー事情の差異を踏まえたアプローチを追求しなければなりません。原子力はそのなかで重要な役割を果たすことが期待されており、日本の場合には、とりわけ既存原子力発電の有効活用が極めて重要になります。
小山 堅
一般財団法人 日本エネルギー経済研究所 専務理事 首席研究員
東日本大震災から12年が経過しました。現在の大学生は、当時小学校低学年でした。原子力防災に携わる方々もだんだんと災害対応を経験をしていない世代に入れ替わっていきます。一方であのような事故が起こった際の放射線防護対策にはまだ課題があり、毎年のように改良が加えられています。
経験している世代が若い世代に教訓を伝えつつ、訓練などで防災計画の実効性を検討し続けることが重要です。「地震の時に机の下に隠れる」ことは、文化として浸透しています。
「原子力災害時には屋内退避と避難」が当たり前にできるように、地域で防災活動が展開されることを望みます。
木村 謙仁
一般財団法人 日本エネルギー経済研究所 電力ユニット
原子力グループ 兼 研究戦略ユニット 研究戦略グループ 主任研究員
3章「放射線と放射線防護」
この章では、放射線や放射性物質の性質、人体への影響とそのメカニズム、放射線から身を守るための注意点などに加え、私たちのくらしをよくするための放射線の利用についても解説したいと考えました。たとえば、放射線は細胞の DNAに傷をつけることによって発がんの原因となりますが、その一方でがんの治療にも用いられています。このように放射線がさまざまな分野でどのように活用されているかをこの章の最初に見開き4ページでまとめました。今回は医療分野に加え、工業分野、農業分野、研究分野での利用についてもご紹介しました。放射線のリスクとベネフィットの両方を理解して、放射線との向き合い方を考える一助となれば幸いです。
松本 義久
東京工業大学 科学技術創成研究院 ゼロカーボンエネルギー研究所 准教授
5章「原子力防災」
2021年頃から見られた世界的な化石燃料の高騰や、2022年に始まったロシアによるウクライナ侵攻の後、原子力の役割が指摘される場面が増えてきました。日本においても、2022年から23年にかけては原子力をめぐって様々な出来事がありました。24年以降も、解決すべき課題が多数残っています。これは我々の将来に向けたエネルギー利用のあり方や、原子力という技術に対してどう向き合うか、といった問いが一層重要な局面ではないでしょうか。そういった問題を考え、議論するための一助として、本WEBサイトがお役に立つことを切に望みます。
安田 仲宏
福井大学 附属国際原子力工学研究所 教授