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確定的影響と確率的影響
放射線の影響が生じるメカニズムの違いによって以下の二種類に分けられます。
【確定的影響】
ある一定の線量以上の放射線による被ばくをしたときに現れる影響を確定的影響といいます。
高い線量の放射線によって多数の細胞が死ぬことにより、組織や臓器の働きが悪くなることが原因です。不妊、脱毛、紅斑、白血球減少などの症状が現れます。受けた放射線量が高いほど、症状が重篤になります。
このある一定の線量を「しきい値」といい、症状によってそれぞれ発症のしきい値が異なります。しきい値以下の被ばくでは発症しません。
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放射線の影響が現れるメカニズム
私たちの体は、数十兆個の細胞が集まってつくられています。細胞の中には細胞核があり、その中にDNA(デオキシリボ核酸)があります。脳の細胞のようにずっと同じものもありますが、ほとんどの細胞は、細胞分裂によって新しく生まれ変わります。このとき、元どおりの働きをするための情報を新しい細胞に伝えるのがDNAの役目です。
DNAは、タバコや酒、食事、化学物質、放射線などによって傷つけられていますが、細胞のもつ能力で治されています。これをDNA修復といいます。一つの細胞で1日に1万個以上のDNAの傷ができて、それを修復することがくり返されていると考えられています。DNAに傷がついたとしても、正しく修復が行われれば、体への障害や子孫への影響は現れません。DNAの傷が正しく修復できなかったときに、影響が起こることがあります。つまり、体への障害は、細胞の遺伝子に傷がつくと必ず発生するものではありません。
がんの発生に至るまでには、遺伝子の傷が完全に修復されないまま細胞が生き続け、何段階にもわたる変異が重なることなどによって細胞のがん化が起きます。そのため、ある確率でがんが発生し、受けた放射線量が多いほどがんが発生する確率が高くなります。
遺伝性影響は、放射線によって精子や卵子などの生殖細胞の遺伝子に傷がつき、完全な修復がされずに変異が残り、そのために子供や孫に異常が現れることを指します。遺伝性影響は、動物実験では確認されていますが、これまで人においては確認されていません。
放射線によって生じたがん、遺伝性影響は、個人の検査ではそれ以外の要因によって生じたものと区別できません。したがって、がん、遺伝性影響は、多数の被ばく者集団と非被ばく者集団を比較することによって判断しなければなりません。
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全身被ばくと局所被ばく、急性被ばくと慢性被ばく
被ばくは全身に放射線を被ばくする(全身被ばく)か、特定の組織や臓器などに被ばくする(局所被ばく)か、また同じ被ばく線量であっても、瞬時もしくは短時間で被ばくする(急性被ばく)か、長期間にわたって繰り返し被ばくする(慢性被ばく)かによっても影響に違いがあります。
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放射線の健康影響についての研究
がんや白血病の原因が放射線の影響であるかどうかは、個人の検査では識別できません。それは、喫煙や食生活など、がんにはさまざまな要因があり、それらが長年にわたり作用することで起こると考えられているためです。そのため、疫学調査によって、被ばくした人のグループと被ばくしていない人のグループの発がん率を比較し、これをもとに影響の有無を判断することになります。
多くの人々のグループについて調査をすることによって、低線量の放射線が健康に与える影響を明らかにしようとする研究が進められています。
【原爆による放射線の影響】
今日の放射線の健康影響などの科学的な知見は、広島と長崎の約12万人の寿命調査集団における疫学調査が基礎となっています。この集団には、爆心地から10km以内で被ばくした9万3,741人と、原爆が投下されたときに、市内に不在だった2万6,580人が含まれています。
その結果では、放射線による発がんのリスクは、1,000ミリシーベルトあたり、約50%増加し(相対リスクで1.5※)、被ばく線量におおむね比例する傾向があります。
しかし、100ミリシーベルト以下の低線量被ばくでは、被ばくによる発がんが、ほかの発がん要因や生活習慣、地域差による発がんに隠れてしまって区別ができないため、被ばく線量が100ミリシーベルト程度では、被ばくのリスクの増加に統計学的に有意な差が認められません。
※相対リスクとは、被ばくしていない人を1としたとき、被ばくした人のがんリスクが何倍になるかを表す値。
【放射線と生活習慣によるがんのリスク】
国立がん研究センターの研究によると、継続した喫煙は、1,000〜2,000ミリシーベルト、運動不足は、200〜500ミリシーベルト、野菜不足は、100〜200ミリシーベルトの被ばくのリスクと同等とされています。
■DNAと放射線
①放射線の影響によりDNAの鎖が1本または2本切断されます。
②鎖が切断されても、DNAの傷が修復します。
③切断されたところに、他のDNAがまぎれこんだり、誤った箇所でつながってしまい、修復ミスが起こることがあります。
④修復ミスが起こった場合、変異細胞が生まれて治らないと、がんになることがあります。
⑤細胞が死ぬことによってその臓器が働かなくなるのは、放射線の量が一定の量以上になると起こります(上のグラフ)。変異細胞が増えてがんになる割合は、放射線の量に比例して増えると考えられています(下のグラフ)。
出典:国立がん研究センター資料より作成
■がんになるリスクとその要因
●放射線は、広島・長崎の原爆による瞬間的な被ばくを分析したデータ(固形がんのみ)であり、長期にわたる被ばくの影響を観察したものではない
●そのほかは、国立がん研究センターの分析したデータである
- ※対象:40〜69歳の日本人
- ※相対リスク(リスクがないグループと比べて、何倍がんになるリスクが増加するか)で示している
出典:国立がん研究センター資料より作成
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関連情報(詳細):
「放射線の人体への影響」
監修者 コメント
放射線被ばくでがんなどの増加を示すのに「リスク」という言葉があります。リスクには、増加を「比」で表す「相対リスク」と「差」で表す「絶対リスク」があります。例えば、ある放射線に被ばくした集団でのあるがんの発生率が3%、放射線に被ばくしていない対照集団(人種、年齢、性別などの分布ができるだけ近い集団)でのそのがんの発生率が2%の場合には、相対リスクは3%を2%で割って1.5となります。一方、絶対リスクは、3%から2%を引いて1%、つまり100人当たり1人の増加となります。今回の解説では、主に相対リスクで表現をしています。
松本 義久(東京工業大学 科学技術創成研究院 ゼロカーボンエネルギー研究所 教授)