原子力文化2021年05月号 インタビュー(抜粋)
春に、今夏の予測はむずかしい
― 未来の予測は一時的に決まらない ―
今年の春は、平年より10日早く、全国に先駆け、広島でソメイヨシノが開花しました。ご近所の満開になった桜を楽しまれた方も、多かったのではないでしょうか。
このように、同じ春でも、平年より暖かい春や寒い春があります。季節の年ごとの違いを予測する技術(季節予測)や、主に熱帯の海の水温の変動を研究されている海洋研究開発機構の土井威志さんに、お話を伺いました。
付加価値情報創成部門 アプリケーションラボ
気候変動予測情報創生グループ 副主任研究員
土井 威志 氏 (どい・たけし)
1981年生まれ。2004年東京大学 理学部 地球惑星物理学科 卒業。2009年東京大学大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻 卒業、博士号取得。東京大学21世紀Center of Excellence(COE)プログラムや、独立行政法人 学術振興会(JSPS)特別研究員、プリンストン大学 大気海洋科学講座(AOS)ポストドクタープログラムなどを経て、2020年4月より現職。2021年4月には、JAMSTEC2020年度 業績表彰 研究開発功績賞を受賞
―― 研究されているインド洋ダイポールモードとは、どのような現象ですか。
私の主な研究対象は、熱帯の水温の変動で、インド洋ダイポールモード現象もその一つです。これは数年に一度、熱帯インド洋で現れる水温異常で、インド洋西部の水温が平年より高くなって、その逆に東部の水温が低くなります。
ダイポールというのは日本語で言うと双極子、2つの極がある構造という意味で、シーソーのようなものです。西の水温が高くなると、東の水温が低くなる、ある意味、西高東低の水温異常を起こすのですが、2019年は、非常に大きな現象が発生しました。
熱帯の水温異常が起こると、まず熱帯の水温が低いところでは雨が降りにくく、乾燥傾向になります。先ほど東インド洋の水温が低くなると言いましたが、そうすると、インドネシアやオーストラリアで雨が降りづらくなる、という状況が生まれます。
その結果として、例えば2019年のオーストラリアは、過去最悪の山火事に見舞われたのですが、その主要因の一つは、ダイポールモード現象の発生だったと言われています。
一方、熱帯インド洋の西部に、雨が降らなくなった分、今度は東のほうで雨が降るようになりました。東アフリカや中東で、平年よりも雨が多いという状況が生まれます。
まだ研究段階ですが、乾燥傾向の地域で雨が降ると、バッタが発生するそうです。私はバッタの生態に詳しくないのですが、雨が多かったことで、バッタの餌になる草の生育に影響が出て、バッタにとって大量発生する好条件が整い、蝗害、すなわち移動しながら作物等を食い散らかす被害などが甚大化し、大きな話題になりました。
そのほかでは、2019~20年にかけて日本は記録的な暖冬でした。一年前の冬になりますが、12~1月は非常に暖かく雪もほとんど降らない。それも実は、遠く離れた熱帯インド洋の海の異常が影響しています。
―― そうなのですね。
それら現象のすべてを説明できるかどうかはわかりませんが、インド洋ダイポールモード現象が起こったせいで、日本は暖冬に見舞われたと言えるような研究成果が出ています。
そういう意味では熱帯インド洋の周りだけではなくて、日本のように少し離れた東アジアの気候にも、異常気象を生み出す種の役割をする、それが熱帯インド洋ダイポールモード現象です。
熱帯大平洋では、同様の現象ですが、もっと有名なエルニーニョ現象があります。2020年の後半にはエルニーニョ現象と鏡合わせのように逆の現象であるラニーニャ現象というのが発生しました。インド洋ダイポールモード現象は、熱帯インド洋版のエルニーニョ現象と言ってもよいでしょう。
(一部 抜粋)
2021年5月号 目次
風のように鳥のように(第137回)
出会いたい風景/岸本葉子(エッセイスト)
インタビュー
春に、今夏の予測はむずかしい/土井威志(海洋研究開発機構 副主任研究員)
世界を見渡せば(第5回)
「無計画母さん」/関 美和(翻訳家・杏林大学外国語学部准教授)
追跡原子力
廃棄豚骨が有害金属の吸着剤に
中東万華鏡(第62回)
単眼巨人テペギョズ/保坂修司(一般財団法人日本エネルギー経済研究所 理事・中東研究センター長)
おもろいでっせ!モノづくり(第101回)
波の音聞いてると心地ええですなあ/青木豊彦(株式会社アオキ取締役会長)
ドイツでは、今(第35回)
3・11 のドイツの報道/川口マーン惠美(作家)
温新知故(第26回)
オリエントのバイメタル剣は何を語る/斉藤孝次(科学ジャーナリスト)
交差点