月刊誌 原子力文化 インタビュー

原子力文化2017年3月号 インタビュー(抜粋)

原発に賛成か反対かの前に
― 情報を伝えるのでなく伝わるまでどうするか ―

この3月で東日本大震災から6年になります。そして福島第一原子力発電所事故からも6年……。
『福島第一原発廃炉図鑑』や『はじめての福島学』の著者である社会学者の開沼博さんに、事故後6年を経た福島の現在についてお話願いました。

立命館大学衣笠総合研究機構准教授
開沼 博  氏 (かいぬま・ひろし)

1984年 福島県いわき市生まれ。社会学者。東京大学文学部卒、同大学院学際情報学府修士課程修了。現在、同博士課程在籍。福島第一原子力発電所を巡る地域開発や福島県政を通して戦後日本の近代化過程を論じた修士論文を基にして出版された『「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか』が毎日出版文化賞などを受賞。その後も、福島や原発問題に問わず幅広いテーマを対象に言論活動を続けている。『福島第一原発廃炉図鑑』『はじめての福島学』『漂白される社会』『フクシマの正義 「日本の変わらなさ」との闘い』など著書多数。

―― 今、福島では避難指示区域の一部解除が伝えられています。ただ、そういった地域にまだ放射線量が高いところがあるという不安があります。どうお考えでしょうか。

ご指摘のとおり、まだ一部地域では放射線量が非常に高いところがありますので、これまでとは大きく局面が変わった転換点になってくる、と思っています。
今まで避難指示が解除された南相馬市小高区、楢葉町などについては、線量計を付けて生活をしても、年間の追加被ばく線量は基本的に1ミリシーベルトにいきません。
例えて言うのであれば、あらゆる遮蔽物を身の回りから除いて、服を全部脱いで裸で外に立って山の中にいるくらいの相当特殊なことをして、1ミリシーベルト検出されるかどうかという状況である、というご理解でいいと思っています。
ただ、政府方針もそうですが、線量が高いため除染を実施していない帰還困難区域なども含めて、これから5年くらいかけて帰還や、いろいろな事業再開が始まっていく可能性が出てくるという意味で、状況は変わってくると思います。
科学的な安全性の問題はもちろんのこと、住民の心理的な不安をどうケアしていくのかも大きな課題だと思います。
ここ1年くらいで浮き彫りになってきているのは、福島の問題といったときに、「福島とは何なんだ」ということを最初に認識することが、重要になってきていると思います。
「福島」という考え方は、3つに分けられると思っています。
例え話になりますが、2階建ての一軒家があって、2階部分は外からもよく見えるし、風通しもいい。この部分が「福島県」と考えます。

―― はい。

一方で、1階部分は近くに行かないと見えません。1階部分が頑丈であれば、2階もしっかりしますが、1階部分に爆発が起こったり、朽ちて倒れてしまう、ほったらかしにされてしまうと、2階も含めて総崩れになってしまう。
2階が「福島県」であるとすれば、1階部分は「廃炉の現場や、その周辺地域」と言えます。
この1階部分にやっとこれから手をつけていこう、人がもう一度住み直す、というのが現状だと思います。
さらに複雑なのが、この2階建ての一軒家だけで話が終わればいいのですが、その周辺の空き地、道路など「外」の部分からいろいろな資源、もの、人が入っていくという側面もあれば、中に向かって石が投げられているという現実もあるのです。
ですから、「外」の認識が、どう変わっていくのかも重要だ、と思っています。
外からは1階部分、まだ線量が高いところのイメージを、2階部分の問題としても扱ってしまって、「福島はまだ危険である」と混同しています。いわゆる風評被害がねじれてしまっている。このように、福島の問題を腑分けしながら見ていくことも、重要になってきていると思います。

―― 例えば、地域的に見て会津地方などは福島第一原子力発電所事故の被害は直接的には受けていませんね。
でも福島県ということで、一時、観光客がかなり減ったようです。同じ福島でも、まずきちんとそれぞれの問題を厳密に分けて考えていかなければならない、そう考えてよろしいですか。

そのとおりですね。
具体的な話をすれば、今、福島県には震災前に比べて1割から2割くらい観光客が来ない状況がいまだに続いているのです。
その1割から2割の内実を見ると、大きく二つあって、一つは修学旅行です。会津若松には猪苗代湖や鶴ヶ城があったり、伝統工芸があったりと、事故前は観光資源を求めてくる人の需要が大きくありました。しかし、会津地域も福島県だからと、距離でいえば福島第一原発に、もっと近い周辺の県に観光客を取られているような状況もあります。こういった偏見を取り除いていかねばならないと思います。
もう一つが外国人観光客で、これも事故前の半分程度までしか戻っていない。日本だとまだ情報が常に新しく更新されますが、外国だとあの事故の日のまま、あるいは福島全体が焼け野原くらいのイメージのままになっている。そういうイメージを変えていくことも重要だと思います。

(一部 抜粋)




2017年3月号 目次

 

風のように鳥のように(第87回)
助かるけれど/岸本葉子(エッセイスト)

インタビュー
原発に賛成か反対かの前に/開沼 博(立命館大学衣笠総合研究機構准教授)

追跡原子力
脱・脱原子力国スウェーデン

中東万華鏡(第12回)
泉鏡花と千夜一夜物語/保坂修司(一般財団法人日本エネルギー経済研究所 研究理事・中東研究センター 副センター長)

おもろいでっせ!モノづくり(第51回)
AI広まっても中小企業は生き残りまっせ/青木豊彦(株式会社アオキ取締役会長)

客観的に冷静に(第52回)
寺田寅彦随想 その23/有馬朗人(武蔵学園長)

笑いは万薬の長(第32回)
コミュタン福島/宇野賀津子(公益財団法人ルイ・パストゥール医学研究センターインターフェロン・生体防御研究室長)

交差点

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