月刊誌 原子力文化 インタビュー

原子力文化2016年1月号 新春インタビュー(抜粋)

今、世界で何が起きているのか
― 自由度を担保するため不便さも覚悟しなければ ―

日本人はもう少し大きな歴史の構造変化として世界の流動化現象を見ないといけないと痛感します。特に巨大な変動が現在のように起きているときはなおさらでしょう……。
歴史学者の山内昌之さんは「第3次世界大戦の罠」という佐藤優さんとの対談集の最後で語っています。新年にちなんで、今、世界で何が起きているのかを、分析いただきました。

東京大学名誉教授・明治大学特任教授
山内 昌之  氏 (やまうち・まさゆき)

1947年 北海道生まれ。専攻は国際関係史・中東イスラム地域研究。カイロ大学客員助教授、東京大学大学院教授、同中東地域研究センター長、政策研究大学院大学客員教授などを歴任。『第3次世界大戦の罠』(共著)『民族と国家―イスラム史の視角から』『中東国際関係史研究』など著書多数。

―― フランスのパリで、昨年11月13日に同時多発テロがありました。

我々は基本的に「テロ」という事件でとらえていますが、フランスでは歴史上、さまざまな惨殺や虐殺も起きてきましたし、外国の報道ではしばしば「虐殺」や「戦争」という表現も使われています。
フランス史から見れば、例えばフランス革命のときのシャン・ド・マルスの虐殺、プロテスタントとカトリックとの間の内戦で起きたサン・バルテルミの虐殺など、大量殺人が起きています。
そういう次元で考えますと、今回はまさに歴史上「パリの大虐殺」「金曜日の虐殺」とも呼ばれるような大事件です。
手法としては近代的、現代的なテロ行為ですが、フランス史の文脈でいえば、虐殺という行為の一つとしても記憶されるでしょう。
ただし、フランス革命や1782年のシャン・ド・マルスの虐殺などは、基本的には革命派対反革命派です。サン・バルテルミの虐殺は、同じキリスト教のユグノーと呼ばれるプロテスタントとカトリックとの対立です。
これらは金髪のガリア人の末裔としてのフランス人、つまり、白人相互の政治や信仰を巡る争いでした。
しかし今回の場合は、フランス人たる存在が多様化して、ガリア人の子孫としてのフランス人と、フランス国籍を持つフランス人ではあるが、その出生はアルジェリアをはじめとするマグレブや、アフリカ世界出身のムスリムや、その末裔たちがいます。
事件のそういう側面の他に、グローバリゼーションの時代に外からテロリストと呼ばれる人間たちが入ることによって、複雑化した異民族や異人種間の要素も入ってきています。
ですから、従来の歴史的観念ではとらえられない事件が起きた。フランス史の側から見れば、このようになります。

―― はい。

基本的に事件は
「イスラム国」ISによって引き起こされた大事件だ

転じてイスラーム史、あるいはイスラームを中核とした世界史の側から見れば、基本的に事件は「イスラーム国」、つまりISによって引き起こされた大事件なのです。ISは今シリアとイラクにまたがるシリア砂漠の空白部分を、現実に支配しています。ISをめぐる戦争は、シリアとイラクを基礎にした中東の政治現象でした。
ところが、シリアの問題が内戦から、さらに国家にまたがる戦争のレベルの色をますます濃くしています。
しかも質は違いますが、そこにロシア、イランというアサド政権を支持する国が積極的に関与しています。
もう一つは、アメリカやEC主要国が組んでいる有志連合です。そうした西側諸国が、アサドともISとも対決する複雑な力関係で中東政治が展開されています。
つまり、反アサドという点に関しては、ロシア、イランと米欧は違います。しかし、反ISでは双方一致するのです。
実際に、ロシアの黒海艦隊が地中海に出動してきています。さらにロシア自身が、カスピ海艦隊から巡航ミサイルをシリアとイラクに撃ち込みました。
従来、こういうことに牽制する役割を果たすのがNATOの地中海艦隊で、その地中海艦隊の主力はトルコ艦隊でしたが、今回フランスから空母「シャルル・ド・ゴール」が出ることで、フランスも大きな一翼を担うことになりました。
それは何故かと言うと、ロシア、イランの動きを牽制するはずだったのが、ISという現象がフランス自身の問題になったので、これまでのフランスの反アサド、反ISというスタンスから修正の動きが出たということです。
ロシアやイランのアサド政権の暫定承認という主張に、フランスはすこぶる近づいたことになります。
ですから、今度の事件を機会にして、シリア、イラクを焦点とする国際政治とイスラーム史の文脈も構造的に変化が起きているのです。

―― フランスでは、国家非常事態宣言が発令されました。

フランスによれば、起きているのは戦争だ、その戦争のある部分がパリで起きている、こういう認識をもたないといけないのでしょう。
今回の大虐殺の残酷性、戦略性、それから何よりも7か所に分散して同時に攻撃するという軍事戦略的な観点、コマンドが使われていることからすると、中東の戦争のある部分がパリで行なわれたと考えても、文明論的には間違っていないのではないでしょうか。
私の一番の関心事は、これは「ポストモダン」の戦争だという点にあります。
ポストモダンというのは、近代性という我々が価値を見いだしている自由や人権や民主主義、そういう価値観に対してもはや評価しない。そして、モダンの原理を否定するか、超えているような形、国家対国家というレベルではない形の戦争がアルカイダなどによっても、9.11以降いろいろな形で進行してきている。その行き着いた先が、今回のパリ大虐殺あるいはパリの大テロと呼ばれる事件なのです。
これはポストモダンの世界戦争の一形態で、後から見れば、第一次ポストモダン世界戦争ともいうべき性格を帯びた最初のモメントだったのではないか、ということになりかねないと思います。そういう重要な動きだという認識を日本人もきちんと持つ必要があると思います。
もう一つ言えば、そこに国家が組み合わさることによって、国家対ISの関係が世界中でいろいろな形で散り散りに広がって来ている現状です。
ロシアにとって人ごとでないのは、北コーカサスのチェチェンに、そういう予備軍がたくさんいることです。今はISの主力、特に軍事方面でのリーダーシップを握っているのはチェチェン出身者です。こういう人間がロシアに帰ってくる、ロシアにいるチェチェン人と連絡を取るとどうなるか。
今回のシリアへの空爆やカスピ海からの巡航ミサイルの発射などというロシアの行為も、ただ単にシリアのアサドを支援してISを牽制した、攻撃したにとどまらず、ロシアの国内問題としてもとらえている、という観点からも理解する必要があります。
つまり、この段階で今回のシリア内戦は、ロシアの国内問題でもある、という認識をロシアは持っているのです。
ですから、プーチンはあんなにしゃかりきになって黒海艦隊を出動させたり、カスピ海艦隊からミサイルを撃ち込んでいるのです。最近のトルコによるロシア軍機撃墜にプーチンが何故に激昂しているのかといえば、それが国内問題つまりプーチンへの世論動向に直結するからです。
確かに、これは即第三次世界大戦とは言い難いと思います。しかし、少なくともポストモダンにおける新しいタイプの世界戦争が進行しているという危機感を持たないといけません。

(一部 抜粋)




2016年1月号 目次

 

旅先での出会い(第73回)
旅先での出会い/岸本葉子(エッセイスト)

インタビュー
今、世界で何が起きているのか/山内昌之(東京大学名誉教授・明治大学特任教授)

まいどわかりづらいお噺ですが
次世代がん治療は一回の放射線照射で治療が終了

いま伝えておきたいこと(第49回)
「おめでとう」を言う前に/高嶋哲夫(作家)

おもろいでっせ!モノづくり(第37回)
「あさが来た」はおもしろいですなあ/青木豊彦(株式会社アオキ取締役会長)

客観的に冷静に(第39回)
寺田寅彦随想 その10/有馬朗人(武蔵学園長)

笑いは万薬の長(第18回)
3.11以降の出版動向/宇野賀津子(公益財団法人ルイ・パストゥール医学研究センターインターフェロン・生体防御研究室長)

交差点

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