原子力文化2024年3月号 インタビュー(抜粋)
あふれる情報をどう選べは良いか
川口マーン惠美さんは69回、関美和さんは38回、この3月号でそれぞれの連載回数です。休刊に当たり、海外経験が豊富なお二人にコミュニケーションやエネルギーについてお話願いました。
司会は日本原子力文化財団の理事長・桝本晃章です。
―― この三月号で「原子力文化」を休刊することになりました。ユニークで時代感覚も世界観もある原稿を寄稿いただいた、お二人に締めのお話し合いをお願いしたいと考えます。 まず最近のコミュニケーションの変化について、昔は家族団欒といって祖父母から子ども、孫までコミュニケーションが非常に和やかに行なわれてきましたが、最近は集まっても、それぞれ勝手にスマホを見ている……海外でも変化、変貌は同じでしょうか。
川口 先進国と言われているところは、どこも同じだと思います。スマホは言うなれば、コンピュータを持ち歩いているようなものです。初めはタンスほど大きかったコンピュータがどんどん小型化し、電話だけでなく、何でもできる。二〇年前には想像もできなかったことが現実になっています。いろいろな可能性が広がるすごい進歩だと思います。反面、みんなで団欒をしたり、同じテレビの番組を見たりということがなくなり、今は隣にいても、それぞれが違ったものを見ています。
これは弊害もたくさんあり、協調性や議論する力、議論の後に妥協点を見つける力がなくなっていくし、かえって個性がなくなっているのではないでしょうか。
もう一つは、受け手の嗜好をAIが読み、SNSでは同じ傾向の情報が紹介されて入ってきますから、結局は自分が選んではいなくて、向こうが選んでいることにも気がつかない、何か危うい状況になっているのではないでしょうか。
ただ、「これは怖い」「危ない」と言っているのは先進国の人たちで、もう少し後の「これから来る」ような国の人たちは、今あるものを守るのではなくて、「もっともっと上に」「危ないかもしれないけれど、可能性のほうに」と思ってがんがん突き進んでいきます。デメリットは無視して、メリットをもっとつくっていきますから、この先は日本やドイツは出遅れる、抜かされるのではないかな、と思っています。
関 私はすごくずぼらで、便利なものには走りがちなので、テクノロジーが進化していろいろなことが便利になって、人間がちょっと怠惰になってしまうのは避けられないだろうなと思います。馬車の時代に戻れたらよいのでしょうが、私は戻りたくないですし、電話や鉄道がなかった時代にも、車がなかった時代にも戻りたくないです。
世界中の人とつながるインターネットが手元にあるメリットはものすごく大きくて、不便な時代に戻れないな、と思っています。それがたぶん人間の性で、ほかのテクノロジーにも言えることでしょう。
日本とドイツは置いていかれるのではないかとのお話でしたが、アジア諸国から比べると、すでに日本は背中も見えないくらいに置いていかれていると思います。もちろんインターネットにはいろいろな副作用があり、生成AIなどの倫理的な問題は確かにあるでしょう。人間の智恵と工夫でそのマイナス面を何かの形で緩和しながら使う必要があると思います。工業時代の始まりに公害がありましたが、それをテクノロジーと人間の智恵で緩和してきたように、インターネットの弊害も、また新しいテクノロジーと人々の知恵と聡明さで緩和していけるのではないか、と希望を持っています。
―― スマホ、パソコンの世界は自分で選んでいるように見えるものも、何となくあてがわれているような側面があります。スティーブ・ジョブズがスマホをつくったときに「自分の子どもには使わせたくない」と言っています。彼はスマホの持っているメリットもデメリットも両方わかっていた、と思います。
日本では歩きながらスマホを見ていますが、ドイツも同じですか。
川口 同じですね。テレビが出たときに「みんながこれを見ていたら頭が悪くなる」と言われました。しかしテレビを止めることができませんでした。それから五〇年、次のテクノロジーが出てきたからだと思いますが、今テレビ離れです。五〇年間にどれだけ頭が悪くなったかはわからないですが、今スマホが広がり、警告を発する人がいます。でも、止められない。ひょっとしたら次の何かが出てきたときにスマホ離れとなっていくのかな、と感じています。
関 川口さんと同様に考えています。今、自分で情報を選べなくなっているので、SNSを通じて、全部操作された情報しか自分のところに入ってこなくなるのは、この一〇年、二〇年で分断化がそれぞれに進んできた要因の一つではあったろうな、と思います。エコーチェンバーと言いますが、自分と同じような考え方の人の意見しか入ってこない、ということは確かにあります。
川口 問題は、それが自分で気がつきにくいのですね。「みんなも自分と同じ考えだ」と思ってしまったりするので……。
―― 時代も人も変わり、今に至っています。先程も申しましたが、祖父母と孫がこたつを囲んで団欒をするような世界が私の周りでは最近減ってきています。
川口 私たちが子どもだった時期、もう五〇年くらい前に「核家族」という言葉が出ました。私たちが子どものときにすでにお父さん、お母さんと子ども二人、そういう単位になっていました。私が将来、孫たちと一緒に住むかといったら、おそらく住まないでしょう。向こうも住んでくれないだろうし。五〇年前にその兆候があり、そこから始まっています。
また「三世代で暮らしましょう」という人たちが増える可能性もあるでしょう。
経済的な理由や、女性が働きたいのに子どもがまだ小さいからなど、いろいろな理由で……。今のおじいちゃん、おばあちゃんは元気だし、そういう場合、すごく貴重なのです。
ただ、そうは言っても、昔のように皆でこたつに入って、ミカンを食べながら一緒にテレビを見て、というような状況には、もう戻らないと思います。
関 私は福岡の出身で、こたつでミカンを食べて、「紅白歌合戦」を見ていました。こたつではないですが、今でも年末は子どもたちが集まって、ミカンを食べて「紅白」を見ています。
父は他界しましたが、母は高齢者施設にいます。今テクノロジーがすごく発達して便利になったので、Zoomでも会えます。スマホで顔を見ながら話せるので、逆に遠くにいても近くに感じられるから、それはすごくいいなと思います。耳が遠くなると、音声だけだとちょっとコミュニケーションが取れないので、そこに文字情報が入ってくるというテクノロジーがあります。遠くにいても顔も見られるし、文字も出ますので、そういう意味で物理的に一つのところに集まらなくてもコミュニケーションが可能で、私はすごく恩恵を感じています。
2024年3月号 目次
対談
あふれる情報をどう選べは良いか/川口マーン惠美(作家)・関美和(翻訳家・エムパワー・パートナーズ・ファンド ゼネラル・パートナー)
世界を見渡せば(第37回)
テイラーノミクス/関美和(翻訳家・エムパワー・パートナーズ・ファンド ゼネラル・パートナー)
追跡原子力
試験研究用原子炉と原子力人材育成
中東万華鏡(第96回)
人面馬身とイスラームの聖地/保坂修司(一般財団法人日本エネルギー経済研究所 理事・中東研究センター長)
おもろいでっせ!モノづくり(第135回)
どこかで会ったらお声かけてください/青木豊彦(株式会社アオキ取締役会長)
ドイツでは、今(第69回)
言論の自由が狭まっている/川口マーン惠美(作家)
ベクレルの抽斗(第18回)
リベラルアーツと責任感/岸田一隆(青山学院大学経済学部教授)
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