原子力文化2024年2月号 インタビュー(抜粋)
公益資本主義で日本人を豊かにする
― 勤労者の所得を二倍以上に ―
公益資本主義で日本人を豊かにするアライアンス・フォーラム財団会長の原丈人さんは、中米で考古学研究をしていて、その活動資金を得るために米国に渡ったという異色の経営者です。 経営するベンチャーキャピタルの事業の目的は「世界中に健康で教育を受けた豊かな中間層をつくる」というもので、その実現のために、科学技術を必要とし、先端技術分野のベンチャーを世界で発掘して経営しています。しかも、社員、地域社会、顧客、仕入れ先、長期株主そして地球など社会全体への貢献を目的とする、というユニークな公益資本主義の理念を掲げています。 原さんに、今取り組んでいることなどについて、お話を伺いました。
アライアンス・フォーラム財団 会長 原 丈人 氏
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―― 今、活動拠点は主に香港ですか。
香港は新規につくっているので力を入れています。今まで米国とヨーロッパとイスラエルに戦略拠点をつくってきました。ただイスラエル拠点は地政学リスクを考えて、二〇一三年に閉じ、今は米国から経営しています。
我々デフタ・パートナーズの会社群は世界中にあり、「世界中に健康で教育を受けた豊かな中間層をつくる」ことを会社の目的としています。この実現を早く進めるために科学技術が必要です。
出資しても株式公開や株式売却益の最大化は目指しません。金銭的な出口は我が社にとって目的になりませんが、優れた製品を作り、社員が生き甲斐とするようにきちんと経営すると、結果として莫大なリターンが我々に返って来るのです。
そのための理念が「公益資本主義」という考え方です。では我々の世界戦略の一端をご覧下さい。
私がイスラエルに着目したのは一九八〇年代です。JPEGの静止画像半導体で九〇年代にいち早く世界を席巻したZORAN社をはじめ、数十社もの先端技術ベンチャーの創業と出資に関わり二〇〇〇年代はじめには、イスラエルのトップ10のベンチャーキャピタルであるとハーレツ紙(有名メディア)が伝えていました。参考までに記しますが、米国では全米第二位、英国ではテクノロジーシードステージのベンチャーキャピタルとしては第一位の業績をあげることができました。
イスラエルは米軍よりも優れた武器を作ってきたので軍事技術の民生転用が盛んで、先端技術ベンチャーが次々とできる土台があるのです。他にも高速で画像処理できる半導体を世界に先駆けて開発したオープラステクノロジー社は私が一九九九年、ハーバード大学の応用数学の教授をしていたヨセフセグマン博士と共同で創業しました。この会社は二〇〇五年に米国のインテルと合併します。
このようにイスラエルでの事業経営に私は深く関わってきましたが、日常に起きるテロ事件や周辺諸国との緊張関係や戦争を経験して、やがてイスラエルは戦争で地図から消える可能性もあると感じるようになりました。そこで、我が社の社員やその家族がテロに巻き込まれないようにしたいと考え、事業拠点は、ユダヤ人に対してパレスチナ人の人口比が高い土地につくることでアラブ過激派によるテロも起きにくいと考えました。この作戦は大いに成功しました。
しかし、和平を望むイスラエルのベギン首相が暗殺されてからはパレスチナと歩み寄ろうという首相が出てきても支持を得られず、財産を海外へ移すユダヤ人も出てきて、紛争が年々根深くなっている状況をみて二〇一三年にはイスラエルの事業拠点を閉じ、米国から遠隔で経営することにしました。
―― 現状を見るとそうですね。
そのイスラエルに代わる世界の研究開発の拠点が一体どこになるのか真剣に考えた結果、二〇一六年に香港拠点をつくることを決定しました。香港は金融センターから世界の科学技術センターに変化する可能性を秘めています。スタンフォード大学、ハーバード大学、MIT、シカゴ大学、ジョンズ・ホプキンス大学、コロンビア大学は香港に研究所をつくりました。英国のオックスフォード大学、ケンブリッジ大学、フランスのパスツール研究所も、ノーベル医学生理賞を決めているスウェーデンのカロリンスカ研究所やドイツやスイスのトップ校も香港を選びました。香港の科学技術水準が高いので、今世界の最先端研究所が二八も香港に完成しました。
―― 日本人としてはびっくりしますが。
オランダのエルゼビアという調査機関によると、世界最先端技術を生みだす国が米国から中国へと変化しているのがわかります。七ナノメートルの半導体も作れるのです日本よりも進んでいます。
中国のトップの一〇校のうち北京は清華大学と北京大学の二つです。上海も二校しかありません。
でも香港には五つもあります。香港中文大学、香港大学、香港理工大学、香港科学技術大学、香港シティ大学、トップ10のうちの五つです。特に医学部だけで見ると、ナンバー1が香港中文大学で、ナンバー2が香港大学です。
私は欧米で培った経験や知識を香港で役立つようにしようと考え、研究者に対して「科学技術は、金儲けのためではなく人々の役に立つために存在する」と説き、医学や工学の分野の教授や研究者からの学術的な質問にも一緒になって考え解決策を見いだせるように協力してきました。特に異分野間を俯瞰して統合することに慣れていない学者が多いので、重点的に助言します。
その結果、「公益資本主義理念による経済や経営学」を教える役割で二〇一二年から香港中文大学経営大学院の特任教授となったのを皮切りに、二〇二〇年には香港中文大学医学部の栄誉教授に任命され、二〇二三年には香港理工大学工学部の栄誉教授(数理工学)にも就きました。これまでの遺伝子治療、細胞治療、再生医学やソフトウェア、通信技術、半導体などの技術に深く関わって実用化を実現してきた実績に期待されていることをひしひしと感じます。
私は香港で行ないたいことはひとつです。元々英国の植民地であった上に、米国の株主資本主義の悪い影響を受けて、経済格差が大きく広がっています。そこで私は、私のやり方で香港を「健康で教育を受けた豊かな中間層で溢れる街」に改造して行きたいのです。
「公益資本主義理念」と「科学技術」の二つの材料があればこれを料理して実現できます。
公共資本主義こそが 一番大きなリターンを 長期株主にもたらされる
次は公益資本主義の経営とはどういうものかを掘り下げましょう。公益資本主義の経営は上場やキャピタルゲインを目的としません。目的達成のために株式公開はありえますが、あくまで手段です。株主利益を得ることは、良い経営の結果であって目的にはなりえません。創立時に経営陣に対して、「会社をいかに早く上場させるなどは一切考えなくていいです。まずは優れた製品をつくることに全力を尽くして下さい。社会に役立つことが会社の使命です」ということを口がすっぱくなるほど言うのです。
会社が軌道にのると「会社が成功しているのは、働いてくれる人たちのおかげでしょう。まじめに、長い間貢献してくれた社員には、老後が快適に暮らせるくらいの貯蓄を持って退職するくらい従業員を豊かにすることが大切です」と言います。
いい製品をつくって、従業員がいきいきと働ける会社の業績は伸びます。その結果企業価値も上がり、株主は結果として大きなリターンを得られます。株主も含め、公益資本主義経営の方が株主資本主義よりも全体が潤います。
2024年2月号 目次
インタビュー
公益資本主義で日本人を豊かにする/原丈人〈アライアンス・フォーラム会長〉
世界を見渡せば(第37回)
ニューヨークのトイレ事情/関美和(翻訳家・杏林大学外国語学部准教授)
追跡原子力
COP28の開催結果 薄氷の合意と原子力に対する前向きな変化
中東万華鏡(第95回)
ラクダと話す/保坂修司(一般財団法人日本エネルギー経済研究所 理事・中東研究センター長)
おもろいでっせ!モノづくり(第134回)
能登半島とのつながりを振り返りました/青木豊彦(株式会社アオキ取締役会長)
ドイツでは、今(第68回)
多くの歴史は知らない顔を持っている/川口マーン惠美(作家)
ベクレルの抽斗(第17回)
科学嫌いのジョナサン・スウィフト/岸田一隆(青山学院大学経済学部教授)
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