月刊誌 原子力文化 インタビュー

原子力文化2023年10月号 インタビュー(抜粋)

筋肉を鍛えて健康に
― 若者はボディデザイン、高齢者は健康寿命のため ―

「筋肉博士」の異名をとる石井直方さんは、若いころボディビルダーとして活躍しました。
二回のがんも、筋肉を増強することで治療に役立てたと言います。 高齢者の健康長寿のための筋肉増強の必要性や若い人の筋肉への関心などについて、お話を伺いました。

東京大学 名誉教授
石井 直方  氏 

 

運動生理学者、ボディビルダー、パワーリフティング選手。東京大学大学院総合文化研究科・新領域創成科学研究科名誉教授。筋肉研究の第一人者と知られ、1976年、1977年全日本学生パワーリフティング選手権2連覇。1981年、1983年に日本ボディビル選手権大会で優勝。1981年世界選手権3位。1982年にIFBBアジアボディビル選手権大会90kg以下級で優勝。1986年IFBB世界ボディビル選手権大会7位など輝かしい実績を持つ。

―― 今、テレビのコマーシャルなどでは、高齢者のウォーキングがよく紹介されています。そして歩くための薬がいろいろ奨励されています。歩くことで健康寿命を保てるのでしょうか。

基本的に言うと、筋肉が加齢に伴い衰えて、それが一つの原因となり活動量がだんだん低下する。それに伴い転倒して寝たきりが起こりますが、転ばなくても活力がだんだん低下することで、社会と触れ合う機会も減ってくる。引きこもりがちになって、心理的や社会的な健康がだんだん損なわれて、フレイルになってしまいます。
 フレイルというのは「そのまま放置すると寝たきりになってしまう」という状態ですが、身体的・社会的・心理的健康が損なわれていく過渡期、というのが最近の考えです。
 一番上流にあるのは、元気よく身体を動かせることです。自分の好きなところに好きな時間に行けるのは、身体の活動だけではなくて、精神的な活力も維持できるので、身体を元気に動かせるための筋肉や骨が重要になってきています。
 加齢に伴って筋量が減って筋力が低下してくるという現象は、専門用語ではサルコペニアと言うのですが、これは実はやっかいで、ウォーキングを続けているだけでは防ぎきれないことが最近わかってきています。もうちょっと動きの強めの刺激を与えてあげないと……。
 身体がすごくまいってしまうほど強い必要はないですが、日常的な刺激だけでは足りない。少し強めの刺激をある一定の期間、定期的に与えることによって防げるのではないか、ということがわかってきています。
 ウォーキングだけではなくて、もう少し筋肉や骨に刺激を与えられるような運動を無理のない範囲でやることが現状では一番推奨されています。

 

―― 先生はスロースクワット、つまりゆっくりスクワットすることを提唱なさっていますが、太極拳やヨガなども、ゆっくり呼吸をしながら運動します。

それもいいと思いますね。ウォーキングだけだとあまりにも日常に近くて、運動の強度としては非常に弱いですね。筋肉が持っている能力の二割くらいしか使わない。筋トレは八割くらい使うので、強い運動になります。
 二〇年くらい前までは、高齢者にとっても八割の強度の筋トレをやらないといけないと言われていたのですが、最近いろいろ研究が進んできて、そこまで強くなく三割、四割くらいでも筋肉を増やす刺激になるのではないかということがわかってきています。無理をしてけがをしてしまっては元も子もありません。自分の現状にとって無理のない範囲で筋肉を強化していくことが大事だと思います。

―― スロースクワットは三割、四割の運動ということでよろしいですか。

そうですね。実は、あえてスローでなくても三割、四割の強さのスクワットをある程度の回数をやれば、筋肉を増やす刺激にはなります。ただ、それが数十回、数百回というレベルになってきてしまうので、どうしても最後のほうはすごくしんどくなるのですよ。
 最後で血圧が上がったり、心拍がすごく上がったり、身体に無理をかけてしまうことに結果的になってしまいます。
 ところが、筋肉の仕組みとして、筋肉が収縮をして力を出すときに筋肉の内圧が上がり、筋肉の中の血液の流れがちょっと抑えられるのです。締め付けられてちょっと循環が抑えられる。スローで動くと、筋肉の中の酸素の濃度がずうっと下がってきて、筋肉が早く疲れてしまう、ということが起こります。
 身体全身がすごくきついところに至る前に筋肉だけが疲れるものですから、少ない回数で筋肉が強化されるような刺激が与えられる、そういう特徴がありますので、より楽に、身体に負担をかけずに肉力を鍛えられることになります。

治療や回復の過程で元気で健康な身体が基盤になる

―― 健康のために筋肉を鍛えるのですね。一方で、著書を拝見すると、がんに対しても、筋肉の増加で、病状の回復を早めるそうですが。

がんを防げると言うと、ちょっと語弊がありますが、筋肉を動かすと、筋肉からスパークという物質が分泌されて、それが大腸がんの発症の予防になるのではないか、ということが期待されています。ただ立証するのには時間がかかります。動物実験や培養細胞を使った実験では、そういう効果が期待されています。
 ですから、これから研究が進むと、筋肉を動かすことで筋肉からがんの発症を防ぐような物質が出てくる、という可能性はあるかと思います。
 現状からいうと、がんにかかるリスクは、ほとんどの人が持っています。かかった後に治療をしたり、そこから回復したりする過程においては、元気で健康な身体が基盤になると思いますね。
 例えば糖尿病など、そういった基礎疾患を持っていると、がんの治療、回復の妨げになり、それなりに辛い治療に耐えられないような状況になってしまいますので、基本的には健康で丈夫な身体を常に保っておくのは、どんな病気にかかるにしても、対抗するためには重要なことになるかと思います。

 

(一部 抜粋)





2023年10月号 目次


 
インタビュー

筋肉を鍛えて健康に/石井 直方〈東京大学 名誉教授〉

世界を見渡せば(第33回)
三日坊主を繰り返す/関美和(翻訳家・杏林大学外国語学部准教授)

追跡原子力
集まれ高校生!原子力オープンキャンパス開催

中東万華鏡(第91回)
風の塔/保坂修司(一般財団法人日本エネルギー経済研究所 理事・中東研究センター長)

おもろいでっせ!モノづくり(第130回)
待てば海路の日和あり、ですわ/青木豊彦(株式会社アオキ取締役会長)

ドイツでは、今(第64回)
老後に住むなら?/川口マーン惠美(作家)

ベクレルの抽斗(第13回)
月をめでる秋の夜長/岸田一隆(青山学院大学経済学部教授)

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