Vol. 3 (2024/8/1)
理事長退任にあたっての想い ~常に「伝わる」をめざして
一般財団法人日本原子力文化財団 前理事長 桝本 晃章
終わりの始まりに
昨年(2023年)9月、国際エネルギー機関(IEA)のファティ・ビロル事務局長が英国の経済紙『フィナンシャル・タイムズ』にコラムを寄稿し、化石燃料を利用する時代は「終わりの始まりを迎えている」と述べました。
「終わりの始まり」という表現は、第二次世界大戦中に英国首相を務めたウィンストン・チャーチルが、アフリカ大陸の北の砂漠エル・アラメインにおいて、ドイツの名将ロンメルに勝利した際に使った言葉です。ビロル事務局長はチャーチルの言葉を引用して、人類が石炭、石油、天然ガスなどの化石燃料を使えなくなる時代の到来を告げたのです。
人類は二酸化炭素を発電時に排出しないエネルギーである原子力発電に頼らざるを得ない局面に立たされています。エネルギー資源の乏しいポーランドは原子力発電の活用に乗り出し、産油国のアラブ首長国連邦でも原子力発電を導入しています。
一方、日本では福島第一原子力発電所の事故以来、一般の人々の原子力に対する信頼が大きく揺らぎました。日本原子力文化財団は、エネルギーや原子力、放射線に関する情報を国民のみなさまにお伝えする団体です。昭和44(1969)年の設立以来、その役割は変わっていません。
改めて原子力が重要な選択肢となった今、当財団はより積極的にエネルギーや原子力、放射線の情報をわかりやすく伝えなければならないとの思いを持って務めています。
今、大事なことは、「何が問題なのか」をより多くの方々に理解していただくことです。その問題の1つは先に触れた、地球温暖化による気温上昇ですが、もう一つ大きな問題があります。それは、気候変動の影響による巨額の経済損失です。
昨年(2023年)、英国のロイズ保険組合とケンブリッジ大学の研究者が、「気候変動によって今後5年間で被る世界の経済損失額が、5兆ドルに及ぶ」と公表しました。
また今年(2024)4月には、ドイツのポツダム気候影響研究所が、2050年までに農業、インフラ、生産性、健康への被害総額が、38兆ドルに達するとの推計を公表しています。これら2つの研究から、この先、世界で年間1兆~1.5兆ドルもの巨額の損失を被ることが予想されています。1兆ドルは、円に換算すると160兆円です。何もしないで放っておけばより多くの被害が予想されることから、二酸化炭素を発電時に排出しない大きなエネルギー源として「原子力」が注目されているのです。
在任期間の活動
1962年に東京電力株式会社に入社して以来、広報の仕事を軸に歩んできました。その後、副社長として東京電力の経営を担い、電気事業連合会や日本動力協会を経て、当財団に至ります。振り返れば多くの人に物事を「伝える」仕事を主軸にしてまいりました。
伝えるというのは難しい作業です。単に言いたいことを言えば相手に伝わるかというと、そうはいきません。物事を正しく伝えるには、言葉を選び、理屈立てを考え、さらに引用する事例も面白くなければいけません。広報活動は、常に「伝わる」ことをめざして工夫と努力を続ける仕事です。当財団でも同じ心がけでやってきました。
2020年1月から当財団のホームページ内で、理事長コラム「まっさんの窓」という連載を始めたのも同じ理由からです。多くの方にエネルギーや原子力についてわかりやすくお伝えしたいとの思いで綴ってまいりました。
コラム「まっさんの窓」バックナンバーはこちら
当財団が運営する「エネ百科」では、原子力にかかわる「人」と「仕事」を紹介しています。当財団は、電力会社とメーカーさん、そして原子力関連施設の周辺自治体や諸団体によって支えられています。その電力会社が運営しているのが原子力発電であり、そこにはさまざまな方々が仕事に従事されています。世の中には原子力の利用について厳しい意見が多いため、原子力関連の事業の運営や理解の促進のために尽力されている人たちを取り上げて後方支援をするのも、当財団の役割と考えました。
エネ百科「ミライを切り拓く!~原子力のお仕事インタビュー~」
世論調査の地道な取り組み
当財団にあって、他にはない重要な業務の一つに「原子力に関する世論調査」があります。この調査は国民の方々の原子力に対する考えを知るうえで重要な活動です。近年、原子力の必要性を感じていらっしゃる人が増えてきました。そうした人々の意識の変化を捉えつつ、広報活動のほかにも、さまざまな活動の基盤としてまいりました。
読者のみなさまへ
読者のみなさまにお伝えしたいのは、21世紀を担うエネルギーの重要な選択肢に「原子力」が欠かせないということです。日本は、太陽光、風力などの再生可能エネルギーは、すでに開発し尽くしてしまいました。
そのため「原子力」の必要性は、今後より高まっていくに違いありません。とはいえ、重要なのはその安全性です。そこで当財団では、客観的で正確な情報提供を進めてまいります。
最後になりましたが、在任中は原子力に携わる業界関係者ならびに学者先生方や研究者の皆さんなど多くの方々からご支援とご支持を賜りました。心より御礼申し上げます。
一般財団法人日本原子力文化財団 前理事長 桝本 晃章 |
神奈川県生まれ。1962年東京電力(株)入社後、企画部広報課長、電気事業連合会広報部長、東京電力(株)取締役広報部長、常務取締役、取締役副社長、電気事業連合会副会長などを歴任。2018年7月、日本原子力文化財団の理事長就任。2024年6月20日退任。 |