原子力文化コラム

Vol. 2 (2024/7/19)

第117回(5/28) 報道関係者のための原子力講座開催
『中東情勢の行方と日本のエネルギーへの影響』について考える


イスラエルとパレスチナ自治区・ガザ を実効支配するイスラム主義組織ハマースの戦闘が始まって、半年以上がたちます。この戦闘を踏まえ、日本はこれから中東とどのような関係を築くべきなのか。中東情勢に詳しい日本エネルギー経済研究所の保坂修司氏をお招きし、報道関係者のための原子力講座を開催しました。



日本エネルギー経済研究所
研究顧問 講師 
保坂修司氏
 


専門はペルシャ湾岸地域近現代史、中東メディア論。慶應義塾大学大学院文学研究科修士課程修了後、在クウェート日本大使館専門調査員、在サウジアラビア日本大使館専門調査員、近畿大学教授などを経て現職。日本中東学会会長。著書に『サイバー・イスラーム──越境する公共圏』 など。
 

第一次石油危機をしのぐ中東依存の日本


日本が他国から輸入する石油のうち、中東が占める割合はどれくらいかご存知ですか。正解は94.7%(2024年3月現在)です。しかも、そのおよそ7割がアラブ首長国連邦(UAE)とサウジアラビアの2国に集中しています。日本のエネルギー安全保障の観点から、みなさんはこの状況についてどう思いますか。

1973年の第一次石油危機では日本中がパニックになった時でさえ中東依存度は8割程度でした。当時の日本政府はこれを教訓として、輸入先およびエネルギーの多角化を推し進める政策をとってきましたが、今は9割を超えているのです。もちろん、当時と今では、石油への依存がだいぶ減少していますが、だとしても、仮に中東からの石油の供給が途絶えてしまったら、日本の経済に与える影響は多大であることをまず知っておいほしいのです。

中東は数多くの「チョークポイント」を有するエリアです。チョークポイントとは、何らかの理由で交通が滞った場合、世界経済全体に大きな影響を及ぼす「海洋上の要所」です。中東にはペルシャ湾に通じるホルムズ海峡、紅海とアデン湾をつなぐバーブルマンデブ海峡   、紅海と地中海を結ぶスエズ運河、さらに黒海とマルマラ海 をつなぐトルコのボスポラス海峡、エーゲ海とマルマラ海を結ぶダーダネルス海峡 など、数多くあります。中東情勢は非常に複雑で、紛争、テロ、クーデターなどの事件が頻発し、常にどこかのチョークポイントが封鎖される危険性をはらんでいます。



 

危険な中東への無関心


日本の報道のあり方からも、「中東=危険な地域」というイメージが強く、日本企業の進出も少なくなりました。在留邦人の数も少なく、もっとも多いUAEで4546人。また、最大の原油輸入国であるサウジアラビアには628人しかいません。問題は、日本国内の中東に対する関心の薄さです。危険なイメージと、世界的な脱炭素の流れから、中東への関心が薄れているのです。同時に、中東での日本のプレゼンスも下がる一方です。

かつて中東各国のショッピングモールには日本製品が大量に並んでいました。しかし今となっては、日本製品は影をひそめ、中国や韓国の製品が圧倒しています。このままでは日本のことを忘れ去られてしまう危険性さえあります。
 

経済合理性だけで考えてはいけない理由


日本の“中東離れ”のリスクを世間に思い知らせたのは、2022年のロシアによるウクライナ侵攻でした。日本は長きに渡り、カタールから毎年多くの液化天然ガス(LNG)を輸入していました。

ところが2021年にこの長期調達契約を経済合理性の判断から打ち切ったのです。しかし、2022年のロシアによるウクライナ侵略により、世界一の天然ガス輸出国であるロシアに経済制裁が科され、ロシアからのガスの輸出が不透明になり、ロシアからガスを輸入していた多くの国は大慌てしました。

それまでロシアにエネルギーを依存していたヨーロッパが、真っ先に頼ったのがカタールでした。カタールはその需要に応えるため、さまざまな天然ガスプロジェクトを立ち上げましたが、日本はいまだにこれらのプロジェクトに参加していません。ただ、この日本の判断は、経済合理性だけを考えれば正しかったかもしれません。しかし、エネルギー安全保障を考えた場合にそれが妥当な判断だったのかは考えなければなりません。



全世界で2050年カーボンニュートラルをめざしているため、石油や石炭、天然ガスなどの化石燃料の消費量は今後減っていくでしょう。しかしゼロになるかというと、おそらくそうはならず、仮に達成したとしても遠い先です。中東の石油の特長はなんといっても生産コストの低さです。この特長を強みに、これから世界の石油の供給先は淘汰され、残るのは中東産油国だと予想されます。いざという時に中東に頼れる関係を維持しておくことは、エネルギー安全保障上、非常に重要なのです。
 

中東が抱えるさまざまな問題


とはいえ、中東地域がさまざまな問題を抱えているのも事実です。およそ80年に及ぶ「パレスチナ問題」は解決に向かうどころか、悪化しています。そして目下の問題は「ガザ紛争」です。これにより世界では今、G7諸国、アラブ諸国、G7以外の西側諸国、そしてグローバルサウスと、立場の異なるグループ間で分断が起きています。

その一方で、ロシアと中国はいち早くパレスチナ支持を表明し、中東諸国との関係をより密にしました。

レバノンのヒズバッラー、シリアのアサド政権、イエメンのフーシー派といったイランの仲間たちが「抵抗の枢軸」として、イスラエルに対峙しています。中でもパレスチナの人々は、紅海でイスラエル支持国の船を攻撃する、イエメンのフーシー派の果たす役割を評価していることが調査からわかっています。

またライーシー大統領を事故で失ったイランと、ムハンマド皇太子が実権を握るサウジアラビア、首長が80歳を超えたクウェートの3カ国では、それぞれ後継者問題を抱えており、その推移にも目が離せません。

さらにスーダンでは国軍と即応支援部隊(RSF)が衝突しており、きわめて危険な状態といえます。他にもまだまだ問題はありますが、どれも中東情勢を左右する要因となりえます。
 

脱炭素の「ビジョン」にいかに貢献するか


日本は2050年以後も中東との関係をつないで、何かの際には中国やインドに買い負けしない関係を築いておかなければなりません。では日本はどうやって中東にかかわればいいのでしょうか。

一つは、脱炭素に向けたアラブ諸国の「ビジョン」に協力することです。化石燃料から水素・アンモニアをつくる技術協力やCCS、CCUSといった二酸化炭素(CO2)貯蔵や活用における協力などが有望でしょう。

また文化面や政治面でのプレゼンスを維持、向上させることも重要です。中国は「孔子学院」という中国語の学校を、中東のすべての国々に設けています。日本はそれに該当する政府機関である「国際交流基金」の拠点がカイロに一つあるだけ。このように、今ではまったく太刀打ちできていない状況です。

しかし、中東諸国は今も自動車やプラントなど多くの日本製品を輸入し、日本の貿易黒字に貢献しています。有力な貿易相手国を失わないためにも、日本は中東との関係を維持する行動が必要です。

ガザ紛争が起きた際、日本は早々にイスラエル支持を表明しました。そのうえハマースはテロ組織だと強調しています。アラブ諸国との関係を考慮すれば、わざわざそれを強調する必要はなかったかもしれません。今後日本は中東に対して、長期展望にもとづいた政策立案をしていかなければならないと私は考えています。
 


講義を終えて
 
中東の全体像については、一人の専門家が1~2時間で伝えきれるものではありません。ただ今回は、メディア向けの講義ということで、上記の原稿では触れていない、中東情勢の細かい部分もなるべく触れました。各メディアの記者の方々には、講義後も多くの質問をいただき、メディアの方々の中東に対する関心の高さを感じています。

中東というと日本では紛争やテロのニュースばかりですが、それは一面に過ぎません。中東の国々にとって日本は重要な輸入国であり、「デーツ(ナツメヤシ)」など、中東諸国の名産品や調味料を扱うお店が日本でも増えています。

メディアの方々には紛争地域の事情だけでなく、各国の暮らしぶりがうかがえるようなニュースも届けてほしいと思います。日本の国民が中東に関心を持ち、親しみを感じてもらうことが、今後の日本のエネルギー安全保障を考える上でも重要なことだと私は思っています。
 

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