原子力文化2018年6月号 インタビュー(抜粋)

20年後、先進国で子宮頸がんが残るのは日本だけ?
― 子宮頸がんワクチンとそのリスク ―

「はしか流行の恐れ ワクチン未接種の方は要注意」。GW前に日本列島をこんなニュースがかけめぐりました。 2013年4月に定期接種化された後、わずか二か月で厚生労働省による積極的勧奨が中止となった子宮頸がんワクチン。 積極的勧奨の中止=ワクチンのリスクが高いということなのでしょうか。 日本と海外の接種状況、そのリスクについてなど日本産科婦人科学会理事長・東京大学大学院医学系研究科教授の藤井知行さんにお話を伺いました。

日本産科婦人科学会理事長、東京大学大学院医学系研究科産婦人科学講座教授
藤井 知行  氏 (ふじい・ともゆき)

1957年東京都生まれ。医学博士。東京大学医学部附属病院女性診療科・産科科長、総合周産期母子医療センター長。82年、東京大学医学部医学科卒業。東京大学医学部附属病院産科婦人科研修医、米国フレッドハッチンソン癌研究所ヒト免疫遺伝学部門への留学を経て、東大医学部に戻り、産婦人科講師、大学院医学系研究科産婦人科学講座助教授などを経て現在に至る。『週数別妊婦健診マニュアル』『流産の医学』など著書多数

―― そもそも、子宮頸がんの原因となるヒトパピローマウイルスには多くの方が感染するのですね。

子宮頸がんは、ヒトパピローマウイルスというウイルス感染で発症するんです。ウイルス自体は私たちの身近な生活環境にあり、口や性器を介して男性にも女性にも感染します。性交渉の経験がある女性の50〜80%は生涯で一度はウイルスに感染しているとされています。
しかし、感染しても症状がないため、多くの方は一過性の感染で終わり、ごく一部の持続的に感染し続けた女性が子宮頸がんを発症する可能性があるのです。
女性で多いがんは1位が乳がん、2位が大腸がん、3位が子宮頸がんです。現在、日本で子宮頸がんになられる方は年間約1万人、そのうち3000人くらいが亡くなっています。
5大がん(肝臓がん、胃がん、大腸がん、肺がん、乳がん)の死亡率が低下または横ばいになっているのに対し、子宮頸がんだけは上昇しています。また、年代としては、20〜40歳代前半の若い子育て世代の女性に多い傾向があります。
女性にとって影響の大きいがんですが、他のがんと違うところは原因が「ウイルス」だとはっきりしていることです。ですから、子宮頸がんは「予防できる」がんなのです。性交渉の経験のない十代の女性にワクチンを打つのが、最も有効です。
子宮頸がんになると、命は助かっても、子宮を摘出し、お子さんができなくなる方もいらっしゃいます。また、がん治療で抗がん剤や放射線を使うことによって、後遺症が残る方、早期に発見されて子宮を何とか残せても円錐切除という手術を行なうと、その後の妊娠で流産や早産のリスクが増加します。
まず一次予防として、ウイルス感染を防ぐために、ワクチンを打つ、さらにそれを補完するために二次予防として検診を受けることが重要です。


欧米の多くの国では子宮頸がんワクチンの定期接種が開始されている


―― ワクチンの効果は。

がんになる前の段階に「前がん病変」という段階があります。私たちは、この段階をCINの1とか2と呼んでいますが、一番軽症状のCIN1は自然に治ることもあります。しかし、2、3と進んでいくと、それが原因でやがて子宮頸がんになっていきます。
ワクチン接種が始まってからまだ長い期間が経っているわけではないので、ワクチンの予防効果、がんが減っているかどうかについての大きなデータはまだありませんが、少なくともCINは減っているのです。CINが減れば、必ずがんはそのうち減ります。
欧米の多くの国々では、2006年〜2008年に10代前半までの女児を対象とした子宮頸がんワクチンの定期接種プログラムが開始されました。オーストラリアやアメリカでは男児への定期接種も開始されています。
ワクチンを公費助成し、国のプログラムとして早期に取り入れたオーストラリア、イギリス、アメリカ、北欧などの国々では、ウイルス感染率が劇的に減少しています。
また、ワクチン接種率が70%を超えるこれらの国では、子宮頸がんの前がん病変の発生率も、半数程度に低下しています。
数年後、数十年後には子宮頸がんそのものが大幅に減少すると推測できます。

 

(一部 抜粋)




2018年6月号 目次

風のように鳥のように(第102回)
共感する力/岸本葉子(エッセイスト)

インタビュー
20年後、先進国で子宮頸がんが残るのは日本だけ?/藤井知行(日本産科婦人科学会理事長)

追跡原子力
患者負担が軽減される重粒子線がん治療

中東万華鏡(第27回)
コーヒーの歴史(1)/保坂修司(一般財団法人日本エネルギー経済研究所 研究理事・中東研究センター 副センター長)

おもろいでっせ!モノづくり(第66回)
一枚の図表から現状がよう見えてきました/青木豊彦(株式会社アオキ取締役会長)

地下環境学への誘い(最終回)
自然のバリア機能/吉田英一(名古屋大学博物館教授〈環境地質学〉同大学院環境学研究科教授兼任)

笑いは万薬の長(第47回)
赤を探せ!/宇野賀津子(公益財団法人ルイ・パストゥール医学研究センターインターフェロン・生体防御研究室長)

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