原子力文化2017年6月号 インタビュー(抜粋)

安全は、科学だけでは決まらない
― 基準値の決め方にスポットを ―

東京都・築地市場の移転問題に伴い、豊洲の地下水に環境基準を超える化学物質が含まれるとして話題になりました。
私たちは、毎日の生活の中で食品や乗り物、医療など、さまざまな基準や規制の数値を見て、リスクがあるのか、安全であるのかを自ら判断しています。
「科学的な『基準値』もどう決められたかを知れば、少し超えても急に危険になるわけではないことがわかる」と岸本さんは指摘されます。
安全と安心とはどういうことなのか、どのようにして規制や基準が決められていくのか。
数値に翻弄されない考え方をご紹介します。

大阪大学データビリティフロンティア機構教授
岸本 充生  氏 (きしもと・あつお)

1970年 兵庫県生まれ。専門はリスク評価、社会経済分析。京都大学経済学部卒業後、同大学院経済学研究科博士課程修了。旧通産省工業技術院資源環境技術総合研究所安全工学部、(独)産業技術総合研究所で化学物質リスク管理研究センター、安全科学研究部門研究グループ長を歴任。東京大学公共政策大学院特任教授を経て、2017年4月より現職。『基準値のからくり』『汚染とリスクを制御する』など共著書多数

―― 東京都・豊洲の地下水問題では、化学物質のベンゼンなどの環境基準値超えが、メディアでも大きく取り上げられ、話題になりました。どうお感じになられましたか。

地下水だから、地上にいる人に影響を及ぼすことは考えられない、という指摘はもっともで、「安全ですよ」と言うことは適切なことだと思います。
ただ、少し気になるのは、私が「安全・安心二分法」と呼んでいるのですが、安全は科学で、安心は心理状態であるとよく言われます。最初はそれでいいと思いますが、そこで留まってしまうと、世の中にとってかえってよくないな、と思っています。
ひとまず問題を整理するには、この二分法は非常に有益です。今回、石原慎太郎さんが、今の都知事は科学を軽視しているという趣旨の批判をしました。安全というのは科学で決まっているので、安全なのに安全でないと言うのは、科学を否定することになるという批判はもっともです。
ただ、安全は科学であって、安心は心理であると完全に二分法で考えてしまうと、基準値を絶対のものととらえることになり、基準値をちょっとでも超えたらアウト、ちょっとでも下回ったら完全セーフという単純な思考に結びつきがちになります。
基準値がどのようにして決められたのかということを、本来だったら行政なり専門家が説明すべきです。もし説明がなかったとしたら、住民や一般の人たちから尋ねてほしいと思います。そうなると、「科学的に決まりました」と説明していることが、実際はいろいろな前提や仮定がおかれていたり、もっと言うと「エイヤッ」というような決め方だったりと、さまざまなものが含まれているのです。それをすべてひっくるめて「科学的に決めました」と言うのは、少し乱暴なことだと思います。


―― 「科学的に決めました」と言うと、説得力があると思っていました。

意思決定者を信頼している人にはそれでいいと思いますが、信頼していない人には何も響かないと思います。信頼している人も、仮定や推論が入っていることをあとから知ると、逆に「科学ではない」と失望するおそれもあります。
例えば、3.11後に東北地方で再建される防潮堤の高さも、「科学的に決めました」と説明されていました。でもシミュレーションモデル自体は科学的なものかもしれませんが、そこにいろいろな仮定を積み重ねて導出された値にすぎません。前提や仮定を変えると数字が変わり得る、という説明があまりなかったと思います。
第一段階としては「安全は科学である」というのはいいです。ただ、「科学だけで決まるものではない」ということも、第二段階としてはきちんと説明する必要があると思っています。
それはどういうことかというと、もちろん科学的な根拠(エビデンス)を重視して決めますが、それだけでは決められない部分に関しては、仮定や推論を駆使して、今ある知識を前提としたベストな解はこうであると説明する。ただ、新しい情報や考え方が入ってくると変わるかもしれない。そういった形で基準値、あるいは規制というものを説明していくのです。このようなことを、伝統的なサイエンスに対して、レギュラトリー・サイエンスと呼んでいます。
安全は科学に基づくのは当然ですが、単純にイコール科学ではなくて、むしろ「科学的なエビデンスに基づくプロセスである」という言い方をしたほうがいいと思います。それを少し柔らかく「安全は作法である」という言い方も時々します。

 

(一部 抜粋)




2017年6月号 目次

風のように鳥のように(第90回)
通信会社の変更/岸本葉子(エッセイスト)

インタビュー
安全は、科学だけでは決まらない/岸本充生(大阪大学データビリティフロンティア機構教授)

追跡原子力
日本の放射線教育の経験に注目が集まる

特別インタビュー
逆転、高浜原発の再稼働を認めた大阪高裁決定とは?/住田裕子(弁護士)

中東万華鏡(第15回)
ナツメヤシの話/保坂修司(一般財団法人日本エネルギー経済研究所 研究理事・中東研究センター 副センター長)

おもろいでっせ!モノづくり(第54回)
大阪万博1970のレガシーは太陽の塔です/青木豊彦(株式会社アオキ取締役会長)

客観的に冷静に(第55回)
寺田寅彦随想 その26/有馬朗人(武蔵学園長)

笑いは万薬の長(第35回)
福が満開、福の島/宇野賀津子(公益財団法人ルイ・パストゥール医学研究センターインターフェロン・生体防御研究室長)

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